甲南大学には、岡本キャンパスの理工学部と知能情報学部、そしてポートアイランドキャンパスのフロンティアサイエンス学部という理系学部があります。ここでは未来の社会を切り開くようなテーマの研究がおこなわれ、次々と新たな成果を生みだしています。そうした先進的な研究室の内容をピックアップして紹介しましょう。
わたしの研究室では、動物が周囲の環境を記憶し、適応していく仕組みを、遺伝子や神経細胞のレベルから解き明かそうとしています。その手がかりのひとつとして利用しているのが、土中に生息する体長1mmほどの線虫です。なぜ線虫を利用するかというと、人間に比べて線虫の細胞は非常に少ないから。人間の神経細胞は約一千億個もあるのに比べて、線虫は300個程度しかないんですね。けれど遺伝子の数はほとんど変わらない。つまり神経細胞に与える遺伝子の影響がわかりやすいわけです。
このため線虫を利用した研究というのは世界的に見ると非常にポピュラーで、過去15年間に6人もの科学者が線虫の研究によってノーベル賞を受賞しているほどです。この研究室でも、生物が温度を感じる仕組みには、眼が光を感じる、鼻が臭いを感じるのとおなじような遺伝子が関係していることを世界で初めて発見しました。この研究成果は論文として『Science』という世界的な学術雑誌に発表しましたし、『Nature』の姉妹紙にも掲載されました。
この研究の最終的な目標は、人間の温度に対する感覚や記憶を解明することです。これにより病気の治療をはじめ高齢になるに従って温度への適応が難しくなることへの対処などが可能になるでしょう。あるいは人間の気温変化への耐性を向上させることによって環境問題にも貢献できるかもしれません。そうした未来への夢や情熱をもっている人、自分の研究によって世界を驚かせようという大きな夢をもっている人を、この研究室では歓迎します。
わたしが学生時代から13年間指導を受けた教授は、脳神経分野では日本でも有名な方だったのですが、その研究室の環境が、だれもが議論に参加できる自由な雰囲気だったんですね。そのため現在の研究室も、縦割りではなく横の連帯を重視するフラットな空気ができあがっています。また、わたしが日本遺伝学会の男女共同参画特別委員を務めていたこともあって、女性の研究者も応援します。実際に研究室には子育て中の女性研究者も居ますし、将来的に研究と育児を両立させたいと願う学生に勇気を与えられるような研究室でもありたいと思っています。
ガンの研究においていま注目されているものにガン幹細胞というものがあります。これは通常は増殖しないのですが周囲の環境、硬いとか柔らかいとかいったシグナルによって増殖し、これが悪性な転移能力の高いものだと言われています。このガン幹細胞の物理的・機械的な環境による発生の仕組み、つまり分子メカニズムを探り、新たなガン治療方法の開発につなげていくこと。それが、わたしの研究室での大きなテーマです。シンガポール国立大学時代から続けているこうした研究は「メカノバイオロジー」と呼ばれる、いままさに世界から注目されつつある領域です。
ガン抑制遺伝子と細胞のおかれた物理的な環境、そしてそれをシグナルとして伝えるアクチン、これらが複雑に絡みあった状況を深く解析する研究は、まだほとんど手つかずだと言って良いでしょう。その解明において、まさに世界の最先端にいるのがこの研究室なんです。
わたし自身、じつは母親をガンで亡くしたんです。6年間、治療と再発を繰り返したなかで、患者の家族の無力さというものを思い知りました。ガン末期になって治療方法がなくなり、医者からあきらめなくてはいけないと言われて。でも、あきらめられないですよね。だから、いま、ガンを治療するための方法をメカノバイオロジーという新しい視点から考えていこうとしているんです。
けれど、わたし一人の力だけで世界でもトップクラスの研究をするのは無理があります。なので研究室では学部生であってもチームメイトとして、ひとりの研究者として接しています。自分で調査し、計画を立て、問題解決していくことを要求します。もっとも知識や経験があるのはわたしですからアドバイスはします。でも世界を相手するには、のんびりしている時間などありません。きっと厳しい環境ですが、その代わり大学生のうちから学会発表のチャンスがあるなど、他にはないエキサイティングな研究生活を約束します。