日本の代表的な伝統芸能として重要無形文化財、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている能楽。甲南大学には、この能楽をただ鑑賞するのではなく、プロの能楽師や狂言師から指導を受けつつ実際に演じる能楽研究部があります。六十五年以上の歴史のなか、全国学生能楽コンクール最優秀賞をはじめとする受賞実績をもち、能楽の世界に魅せられてプロになった先輩も多くいるという活気にみちた部活動です。
能楽研究部に入部したきっかけは?
大学では勉強だけでなくぜひ部活動にも打ち込みたいと思っていたのですが、小さな頃からクラシックバレエを習っていたので体育会系は両立が難しいかなと。そんなときに能楽研究部から勧誘を受けて入部を決めたんです。伝統芸能に関心があったわけではないのですが、母親が茶道や華道、日本舞踊などをしていた影響も少しはあったのかもしれません。あとはクラシックバレエとおなじように、舞台に立つことへの興味ですね。
普段はどんな練習をしているのですか?
部活動としての全体稽古は週二回で、このときは学生同士で教えあいながら練習しています。このほか、能楽師の大西礼久先生に指導していただき、ときには大阪能楽会館まで出稽古にいくこともあります。また、狂言師の善竹忠重先生にも週一回、稽古をつけていただいています。甲南大学の能楽研究部では、大阪や神戸の能楽堂をお借りして年に6回の舞台があるんです。なので定期試験がある1月と7月以外は、つねに次の舞台に向けての練習が中心になりますね。
まったくの素人でも入部して大丈夫?
大学に入るまでは能楽の素人だった部員がほとんどですよ。1年生でも入部して2ヶ月後の6月には初舞台があるので、おなじ演目を経験した先輩について個人稽古するなど集中して練習をおこないます。ただ能楽というとゆったりしたイメージがあるかもしれませんが、役によっては激しく動いたり飛んだりすることもあるんです。大きく遠くまで届く声を出すために、腹筋や腕立て伏せをしながら謡(うたい)の練習をすることもあり、なかなかハードではありますね。
能楽の魅力はどんなところでしょう?
いちばん楽しいのは、いろいろな役を演じられることですね。人間はもちろん神さまから鬼まで。だから、わたしはほかの部員が選ばないような役を選ぶことが多いんです。2015年12月に大阪能楽会館で能楽研究部65周年記念能を開催したんですが、そこでわたしの演じた舞囃子「富士太鼓」というのも、夫を殺された妻の話です。作品を読んだとき「ぜひやってみたい」と思いました。自分とはまったく違う境遇だからこそ興味がわくというか。能面というものがあるように、能楽とは基本的に無表情の演技です。身体の動きだけで、自分が理解した役柄の感情などを表現していく。そこが、わたしにとっての能楽のおもしろさです。
能楽を通じて成長できたところは?
部長という役目から能楽の先生方と連絡をとることが多くて、おかげで目上の方々とはっきりした受け答えができるようになりました。普段のしゃべり方もハキハキしてきたというか。能楽師である大西先生も、演技については注意というかあくまで指導ですけど、そうした受け答えや人間関係については厳しい方で本気で怒ってくれます。そんな真剣に接してくれる先生だからこそ、言葉にうなずけるし、もっとがんばろうとやる気になれるんですね。甲南大学で能楽をはじめて、そのままプロになった先輩もおられるぐらいですから、この奥深い世界を知ることができただけでも幸運でした。むしろ知らないともったいないぐらいの気持ちです。
父もわたしも甲南大学出身でしたので、その縁もあり能楽研究部の指導をしています。大叔父、父の門下生、そしてわたしと、講師としてはすでに三代目になります。これまで指導をしてきて、能楽の世界に進んでも充分に通用するほど上達した学生たちも数多く見てきました。4回生ともなると、わたしの目から見ても充分に後輩を指導するだけの実力がつきますね。ただ、能楽師を育てようという意識で学生たちを指導しているわけではないんです。
能楽を教えるなかで必要な礼儀作法や挨拶、これらはすべて社会に出てから必要なことです。なにか失敗をしたときにも、それを黙ってごまかすのではなくきちんと謝ることのできる人になってほしい。そうした一人の大人として必要な姿勢をふくめて指導しています。また、まだ舞台なれしていない学生たちは、やはり出演前にはこわばった表情をしているんですね。けれど舞台が終わると一気にゆるむ。それだけの緊張感をもって舞台に上がるということで精神面も鍛えられていくことしょう。