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    合同ゼミという場とその経験

    2024年2月19日(月) 文学部新着情報 お知らせの一覧

     私のゼミにはイギリスの歴史と文化に関心を寄せる学生たちが集まってくる。興味深いのは、「イギリス」を捉える多様性である。
     イギリスは「連合王国」であり、かつて王国であったスコットランド、早々にイングランドに併合されたウェールズ、独自の歴史を有する北アイルランドなどが緩やかに結びついた空間だ。しかも、かつて7つの海、5つの大陸に植民地を拡大した「帝国」の過去を持ち、現在なお「英連邦」という形で、アジアやアフリカ、カリブ海域や大西洋上に不思議な存在感を漂わせている。よって、我がゼミの射程は地理だけでも相当に広く、これに学生たち自身のバックグラウンドを加えると、対象はさらに広がる。たとえばかつて、父方が隠れキリシタン、母方がブラジル移民という学生がいて、どちらを研究対象にしようか、プライベートな史料を見ながら、共に悩んだこともあった。彼女を含めて、井野瀬ゼミはいつも、多少なりともイギリスと関わる人の移動や文化の交流を多方向から問い直そうとする議論にあふれている。
     そんな我がゼミの学生たちが最も緊張する時間が、年に一度、毎年12月半ばに開催される経済学部・永廣ゼミとの合同ゼミである。
     始まりは12年前、たまたま同時期に学部長をしていた私と永廣先生が、「甲南大学は総合大学としてのメリットを生かせているだろうか」という疑問を共有したことであった。普段は学部や学科を「学びの単位」としている学生たちが、互いの学びの違いを意識しながら、自由に質疑応答や意見を交わし、自分にあるもの/ないものを見つめ直す時間。人間としての感性や視野を感じる場所。そんな時空間が学内にあればいいなあとの思いから、2012年、当時本学としても学部を超える初の試み、「文学部×経済学部」の合同ゼミが始まった。
     今年度、合同ゼミは12回目を迎え、昨年同様、対面で行われた。今年度の永廣ゼミのテーマは「日本にカジノは作るべきか」と「なぜ日本人はiPhoneを選ぶのか」の2本立て。いずれもタイトル自体が「問い」の形をとっており、ゆえに、「この問いは適切か」が報告の成否を握る。特に後者については、問い自体の有効性に最後まで疑問が残った。報告で示された数値では、日本においてiPhoneとAndroidはむしろ均衡がとれていたからである。「問い」が適切でなければ、「解」へと向かう報告に聴衆の参加を得ることも、「問い」の先に進むことも難しいだろう。
     一方、井野瀬ゼミは、「歴史から考えるこれからの退職金」と「放置竹林の再活用を考える」の2本であった。前者については、「退職金」というテーマ自体が経済学部と親和性があるため、どこにどのように(井野瀬ゼミの特徴である)イギリスと関わる歴史と文化を融合させて、「もう一つの見方 another point of view」を提示できるかが、議論の焦点となった。後者は、大学の地域プロジェクト「BambooにThank you」なる活動を母体とするユニークな環境提言だ。いずれも例年同様、前期講義終了までにコンペ形式で報告グループ(あるいは個人)を決定し、後期授業のなかでその中身をゼミ全員で練り上げ、掘り下げてきた。
     25分の報告もさることながら、学生たちの緊張が頂点に達するのは、報告後の20分間の意見交換,質疑応答である。それぞれのゼミの「日常」が露呈するから興味深い。そこでは、学部学科それぞれの学びのなかで(おそらくは)無意識のうちに身につけてきた学問の作法や発想、考え方や表現方法の違いが見え隠れする。たとえば、上記「なぜ日本人はiPhoneを選ぶのか」に対しては、問いの主語となっている「日本人」について、それは誰を指すのか、報告グループによる「調査」は「日本人」をフォローする母数としての内実を備えたものかなど、質問や疑問が噴出した。
     一方、井野瀬ゼミの退職金報告には、経済学部から予想通り、勉強不足やエビデンスの欠陥がいくつも指摘された。グループで協力して「歴史から考える」という独自の視点を生かしきることができず、最も聞かせたい「自分たちの声」もなかったのだから、批判も当然。反論はほとんどできず、ひたすら耐えていたように見えた。
     だが、その一週間後、恒例の慰労会と反省会に臨んだゼミ生たちの表情はなぜか明るかった。そう、合同ゼミは、単なる報告の場を超えた「経験の場」なのだ。それは、この企画を立ち上げた12年前から変わっていない。そのことが私はとてもうれしく、思わず笑みがこぼれた。学生たちににやけて見えなかったか、今も少し気になっている。
    *本稿は『2023年度 井野瀬ゼミ×永廣ゼミ 合同ゼミ報告書』を元にしている。

    (英語英米文学科教授 井野瀬久美惠)