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    えん罪救済ボランティア研修 名古屋の旧控訴院に行きました!

    2019年10月21日(月) 法学部新着情報

     えん罪救済学生ボランティアの活動のいっかんとして、2019年9月9日から10日に名古屋に研修に行きました。1泊2日で拘置所、検察庁、愛知県警などを色々周り、刑事司法の現場について理解を深めました。
     旧控訴院(現在は「名古屋市政資料館」)の訪問記を、2回生の今崎光彩さんがレポートしてくれました。旧控訴院の魅力をたっぷり伝えてもらいます。
    《法学部教授・笹倉香奈》
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     2019年9月10日(名古屋研修2日目)に、旧控訴院を訪れました。

     旧控訴院の正式名称は「旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎」というとても長いものです。明治憲法下での名古屋の裁判所と庁舎が一体となった施設で、現在は公文書館としての役割を担っており、国の重要文化財にも指定されています。
     外観は赤茶色の煉瓦と白色の花崗岩のコントラストがあって、華やかながらも落ち着いた存在感を放っています。足を踏み入れると真っ先に見えるのは宝塚歌劇を彷彿とさせる大階段、細かな彫刻。上を見上げると広々とした吹き抜けに陽の光に反射して輝く豪華なシャンデリア。大正時代に建築されたもので、大正ロマンを感じました!
     裁判所としての歴史があり、また建築美としての素晴らしさをもつこの建物をいつまでも残してほしいという市民からの要望があり、保存と修復の工事を行い、平成元年に資料館として再生されたそうです。

     私は関西に住んでおり、裁判所は大阪地方裁判所しか行ったことがありませんでした。大阪地方裁判所は外観も中身もビルのような無機質で機能的なものだったので、その差に驚きました。もし今新しい裁判所が作られるとして、間違いなく「天井を吹き抜けにしてシャンデリアとステンドグラスを設置して、大階段を作ろう!」という意見が採用されることはないでしょう。

     現在の名古屋高等裁判所も、旧控訴院とは大きく異なり、外観もビルのような機能的なものです。旧控訴院は、明治・大正という西洋文化が入ってきた時代の世界観を反映している建物だと思いました。




     入館してまず、明治憲法下で使われていた法廷を再現した部屋を見学しました。

     当時の控訴院では、地方裁判所の第一審に対する控訴などの裁判が3人の判事によって行われていました。法壇中央には判事、その左側には検事、右側には裁判所書記官が着席します。そして法壇から一段下がった右側に、弁護人が着席します。文字にするとわかりにくいですが、要は昔の法廷では判事、検事、書記官とが横並びで弁護人と被告人を見下ろすかたちで座っており、弁護人と被告人だけが一段下に着席していたのです。旧刑事訴訟法は職権主義の構造を採用しており、当事者である検察官と被告人よりも裁判所の権限が強かったようです。起訴する権限を持ち有罪を証明する検察官が、着席位置からして、あまりにも裁判官側に寄っていることに驚きました。

     現在では、法壇中央には裁判官、法壇から一段下がった手前に裁判所書記官、左側に検察官、右側に弁護人が着席し、被告人は現在と同じく弁護人と同じ段で、かつ隣に着席します。現在の刑事訴訟法は、当事者主義をとっています。検察官と被告人が当事者ですが、法の素人である被告人が検察官と対等に渡り合うのは困難なため、弁護人が被告人をサポートします。そして検察官と、被告人・弁護人が当事者として裁判で戦います。つまり、検察官と被告人・弁護人は対等な立場です。検察官と被告人・弁護人が同じ目線で、正面に向かい合って着席する現在の法廷は、このような訴訟の構造を表現しているものといえるでしょう。

     これに対して、裁判官は一壇上の法壇に着席します。これは昔も今も同じです。そもそも裁判官は、刑事事件では検察官から提出された証拠と弁護人による弁護や証拠をもとに、検察官の主張通り、起訴された被告人が有罪か無罪かを判断し、有罪の場合は被告人にどのような刑罰を与えるのかも決めます。
     2019年3月、えん罪救済ボランティアの活動で大阪地方裁判所に行った際に、実際の現在の法廷の裁判官の席に座りました。そこで、裁判官は被告人よりも優位な立場であると思いました。裁判官の席は一段高い正面の席ということで、検察官、弁護人、書記官、被告人、更には傍聴人まで大変よく見渡すことができました。全体を見渡すことができるという利点がありますが、同時に自分以外の人物を物理的に見下ろしているということです。
     法の素人である自分と対立する立場であり法のプロフェッショナルである検察官、そして正面の裁判官から見下ろされるというのは、極めて不平等ではないかと思いました。

     この物理的な感覚は、無意識に人の心に影響すると思います。潜在意識的として、裁判官は全権を掌握しているような、自分に主導権があるという気持ちに、被告人は自分が裁判官より下の立場であるという気持ちになるのではないでしょうか。
     合理的な疑いを超える証明のない限り、被疑者は無罪推定の原則により無罪の人として扱われ、もちろん裁判官と同じ立場にあるはずです。視覚という人間の五感の最も大事な部分にこんなにも不平等なことがあってよいのだろうかと疑問に思いました。

     次に、着席位置と同じく、明治憲法下と大きく変わったものは関係者の服装です。
     明治憲法下では、判事、検事、弁護人、書記は法冠、法服を着用していました。法冠は聖徳太子が被っていそうな形ですが、調べると実際にも聖徳太子像から考証した東京芸術学校の初期の制服から考案された歴史あるものらしいです。法服は襟以外が真っ黒で、襟のところは唐草模様でした。法曹三者のそれぞれで色が違っており、判事は紫、検事は赤、弁護人は白、初期は緑色と、誰がどの役職なのかが一目見てすぐにわかるようになっています。
     現在では法冠はなくなり、裁判官の法服は黒一色の襟開きになりました。書記官も黒一色の法服で、検察官と弁護士の法服はなくなりました。こちらも、当事者主義の考えに基づいて、検察官と弁護人と法服を着ないことになったのではないかと思いました。



     職権主義という言葉は調べて文字を読むことでわかったような気になっていましたが、この施設を訪れて、旧法廷での着席位置からその関係が顕著に現れていることが目で見て理解することができ、今でも強烈に脳裏に焼き付いています。講義で先生が様々な原則や語句を重要だと説くのは、試験に出るから重要という意味ではなく、社会で、その原則や語句が大きな意味を持っているから重要だということを痛感しました。

     私は今まで語句の定義や意味しか理解しようとしておらず、それは大いに反省すべき姿勢だと思いました。職権主義や当事者主義という言葉1つに対してこんなに感じることや疑問点があるのだから、まだまだ学ぶことはたくさんあります。
     これからはもっと現場を見たり、様々な人に話を聞いたりして更に理解を深めて少しでも多くのことを学びたい!という気の引き締まる思いで、名古屋研修最後の施設見学を終えました。
    《法学部2回生 今崎光彩》